インド旅行記1 恐怖のデリー空港到着

インド旅行スタート


2005年8月 初インド India に行ってきました
バラナシのガンジス河

バックパッカーと言えばインド
インドと言えばバックパッカー

世界中のバックパッカーと会うたび、「インドはいいぞー」「インド人最悪」「インドに行くと世界観が変わる」「自分探しにはインドへ旅すべし」とかいろいろな名言(迷言?)を聞いてきました

そして、実際にインドに行ったことのある友達の名言


「世界には2種類の人間がいる。それは、、、、インド人とそれ以外の人間」


彼が過去に行ったインドの旅では、彼はインド人にだまされ続けたという
いったいインド人とはどんな人たちなんだ?


 「インドは良かったよー」という人と「インド最悪。二度と行かない」という人が半々

ガンジス川の雄大な流れ。混沌とした街のカオス
とりあえず、インドに行ってみよう
さて、リーマンパッカーはインドに呼ばれているのか、それとも招かざる客なのか???


北インドの黄金ルート デリーIN バラナシ(ベナレスともいう) アーグラー(タージマハルがある街) デリーOUT という大まかに行き先も決めて、いざ 出発




1日目 名古屋 ~ 香港経由 ~ デリー

 

今年完成したばかりの真新しい中部セントレア空港
夕方発のキャセイパシフィック航空 Cathay Pacific Airways でまず香港 Hong Kong Airport へ
セントレアのボーディングブリッジ


香港国際空港で4時間の乗継時間の後、とうとうデリー Delhi 行きの便に搭乗
中部~香港間の日本人が多かった客層とは、がらりと変わり、 飛行機の中は半数以上がインド人
とにかくテンションあがってます



デリー空港到着
でも、深夜2時
イミグレーションで入国手続きをし、すぐ前の両替所で5千円をインドルピーへ両替する
インド旅行経験者から聞いていた、インド旅Tipsを早速実行


インド旅Tips 「深夜デリー空港に着いたら、明るくなるまで一般人進入不可の到着ロビーで待て」


たしかに路線バスはまだ動いていないし、タクシーしかない。市内に行っても真っ暗


インド旅Tips 「デリー空港で待っているタクシーは9割以上の確立で、指示した行き先に行かず、インチキ旅行代理店に連れて行かれる」


えええー。タクシーが目的地に行かない???
そんなことってありー?


インド旅Tips 「デリー空港から最初の宿泊先まで無事に着いたら、インド旅行の半分は成功」


それだけ、デリー空港には罠が待っているってことらしいけど、いったいどういう国なんだ?

とにかくデリー空港からタクシーに乗るとかなりの確立で騙されてボッタクリ旅行代理店に連れて行かれるらしいので、明るくなってからニューデリー駅行きの路線バスに乗ることに決めていた



朝5時頃、空港ターミナルの外が明るくなってきたことを確認し、いざインドの旅の第一歩をスタート!

混沌としたデリー空港到着口


デリー空港から宿泊予定のニューデリーにあるパヤールホテルまで次々と襲い掛かるインドの魔の手
無事リーマンパッカーはパヤールホテルにチェックインできるのか!?


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インド旅行記2 オートリクシャに騙される

2日目 ニューデリーのコンノートプレースでオートリクシャに騙された


デリー空港到着後、明るくなるまで到着ロビーで待ち、朝5時頃、勇気を振り絞って空港建物の外へ

めざすはニューデリー駅東口行きの路線バスに乗ってパハールガンジー(メインバザール)というニューデリー駅西口の安宿街

デリー空港の建物を出ると、世界で最高(最悪?)の呼び込みの嵐

「タクシー?」  「乗らない」
「どこに行くんだ?」  「バス亭」
「バスはないぞ」  「うそつけ」
「バスは危ないぞ」  「お前のほうが危ない」

そんな会話を延々と繰り返し、タクシーの呼び込みをかわしながら、空港出口周辺をうろうろ
やっと路線バスが止まっている場所を発見
バスの運転手にニューデリー駅行きか?と尋ねると、そうだとのこと
すこし古いバスだが特に問題なさそう。乗客もほとんどいなかったので、一番前の景色が良い席へ座る

なかなか出発しない。だんだん増えてきて僕の席の隣にはインド人のおじさんが座った
立ち席が出る頃には日本人らしき男性3人も乗ってきたが大混雑で話しかけられない
超満員になった頃にバスは出発

外の風景は、空港がかなり郊外にあるためか、畑とか更地で建物は少ない
しばらく走ると、道路わきに牛が座っているのを発見
「第一ノラ牛発見」
ひとりでつぶやいてた

インドはノラ牛がいると聞いていたので、このときはすごく感動していた
だが、このとき僕は、今後いやと言うほど町中牛だらけの光景に出くわすことを知る由もなかった

隣に座ったインド人のおじさんは、英語でいろいろ話しかけてくる
インドの話、日本の話、家族の話、仕事の話、いろいろ話していて、このおじさんは良いインド人なんだなとその時は思った

どこに泊まるんだ?と聞かれ、パハールガンジーと答えると、ニューデリー駅手前のコンノートプレースという所で降りると良いとのこと
おじさんもそこで降りるとのことで、デリーの街中に入りしばらく経ったあと、コンノートプレースで一緒に降りた

結構ここで降りる人が多く、日本人の男性もここで降りた
ここにはオートリクシャー(3輪の自動車タクシー)がいっぱい待っていた
おじさんがオートリクシャーの運転手にパハールガンジーまでの料金を聞いてくれて、5ルピー(約12円)とのこと。むちゃ安い
おじさんは、これは安いのでぜひ乗るべきだと言うので、他の日本人に一緒に乗ろうと声を掛けようとしたが、強引に一人で乗り込まされ、出発


緑と黄色のオートリクシャーがいっぱい



僕が乗ったオートリクシャーは5分ほどでニューデリー駅の南端のプラットホームが見えるところまで来て、運転手がここがニューデリー駅だと言う
ここでなぜかUターン
運転手曰く「パハールガンジーは地下鉄工事でビルがクラッシュして街へ入れない。別の泊まるところを紹介してやる」

でたー うそつきインド人
とにかくパハールガンジーへ行けと言っても、運転手は言うことを聞かず、 コンノートプレースへ戻っていく
コンノートプレースの一角にあるビルの前で止まり、運転手は「ここは政府の観光案内所だ。ここで宿を紹介してもらえ」
看板もない怪しい入り口。事前に地球の歩き方やインターネットで見たとおりのインチキ旅行代理店に間違いない

「そんなところには行かない。とにかくパハールガンジーへ連れて行け」
「だめだ。とにかくこの事務所に入れ」
「絶対行かない。僕は降りる。うそつき」

ここで今まであいその良かったインド人運転手は豹変した
両手でリクシャーの出口をガンと押さえ、
「ガソリンもたくさん使った。300ルピー払え」
実際には2kmも乗っていない。そんなバカな
「分かった。約束の5ルピーは払う」と答え、5ルピーを渡そうとするが運転手は受け取らない

そこで僕は5ルピーをオートリクシャーのシートの上に置いて、運転手の左腕の下をくぐりぬけ、猛ダッシュで走って逃げた

実は、僕はインド出発前、日本にいるときインターネットで「インド人は走らない」という格言を見た
僕はそれを思い出し、リクシャーが通り抜けられないビルとビルの間を走りぬけ、約5分くらい走ったところで止まって、振り返った

追ってきてはいない
やっと安心して ひと呼吸。ふぅー

ここであの格言が正しいことを確信した
「インド人は走らない」
(僕は責任とれません。まねしないでください。危ないことはやめましょう)

オートリクシャが通った道をなんとなく覚えていたので、その道を戻りニューデリー駅方面へ歩いていく
地球の歩き方の地図を確認しながら、約20分ほど歩いてやっとニューデリー駅西口のパハールガンジ入り口へ到着

後からいろんな旅行者に聞いたんだけど、やっぱり、空港からの路線バスに乗る時は、終点のニューデリー駅東口まで乗って、ニューデリー駅構内を通過して駅西口に行くのが一番安全のようだ

パハールガンジー入り口


上の写真のゲートをくぐった先がパハールガンジー(メインバザール)
目的地はこの先、約10分くらい歩いたところにある、事前に宿泊先として決めておいた日本人宿のパヤールホテル Payal Hotel
パハールガンジーは安宿街でもあるが、普通の駅前の商店街でもある
衣料品店や食料品店や普通の地元インド人用のお店が道幅4mくらいの通りの両側にいっぱい

人もいっぱい。日本だったらクルマ進入禁止の商店街になる感じの場所なのに、ここではオートリクシャーや乗用車が入ってくる
そして、なんといっても普通にノラ牛がいっぱい歩いている
ずう体のでかい牛が何頭も

食料品店では、商品を食べようとする牛と追い払おうとする店員の格闘があちこちで
道の真ん中で寝ている牛も
牛にドケとばかり鳴らすオートリクシャーのクラクション
事態を理解したのか、ゆっくり立ち上がり道端に歩き出す牛
客を呼び込もうとする店の人
人とクルマと牛が入り混じり、町中大騒ぎでまさにカオス

牛の落し物に足を奪われないように進んでいくと、ありましたパヤール
看板にはローマ文字のPayal Hotel だけではなく、カタカナでもパヤールホテルと書いてあります

デリー空港から宿まで騙されたお金5ルピー
完勝とは言えないけど、なんとか無事に宿へ到着

まだ、朝8時前。次は2日目のつづきだよ


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インド旅行記3 ホテルパヤールで騙される

2日目のつづき パハールガンジーのホテルパヤールでも騙された


何とかデリー空港からパハールガンジーにあるパヤルホテルに辿り着いた
階段をのぼって2階がフロント
従業員が2人カウンターの向こうにいて、僕は「ドミトリーに泊まりたい。いくら?」と尋ねる
すると「ドミトリー90ルピーだが、今日はいっぱいだ。300ルピーのシングルの部屋ならある」
「じゃあ、シングルを見せてくれ」

シングルの部屋を案内され、いまいちな感じだけど、ここしかないとのことで、フロントに戻り、チェックイン。300ルピーを支払う

部屋から見た街とパヤルの看板

とりあえず、ホテル内を散策。屋上へ行こうとするとドミトリーの部屋があった
中に入ると日本人の男性3人がいたので、いろんな話をした
ドミトリーにはベッドが10台
他の人は外に出かけているのかと尋ねると、ここに泊まっているのは3人だけ。残りは空いているとのこと
やられた。従業員に嘘をつかれた

すぐにフロントに行き、「ドミトリーに行ったら、空いてるじゃないか。ドミトリーに移動するから、差額210ルピーを返せ」と言うが、
「お前はもうチェックインして支払ったんだから、無理だ。返せない」

頭来た
「お前が嘘をついたのが悪いんだろ。とにかく部屋を移るから差額を返せ」
「いや、もう無理だ。部屋の変更はできない」

こんなやり取りが続いて、埒があかない
次々とお客さんが来るので、従業員は、「とりあえす、そこに座って待て」といって、フロント前の椅子に座らされた。

チェックインしようとする日本人の客が来たとき、従業員は僕に言ったことと同じことをまた話している
「ドミトリーは空いてる?」「いっぱいだ。シングルなら空いてる」
わあー。また嘘ついてる

そこで僕は、その日本人に日本語で
「嘘だよ。ドミトリー空いてるよ」と言うと
その日本人は従業員に「彼がドミトリーが空いてると言ってる」と言うと、彼は無事ドミトリーにチェックイン
従業員は悪びれるそぶりもない

また日本人がやってきて、同じようにシングルしかないと言う
僕がまた、嘘だよと伝えてドミトリーにチェックイン

さすがに従業員も営業を邪魔されこりたらしく、僕に「わかった。レシート持って来い。ドミトリーに変えてやる」
やったー。インド人に勝ったー

無事、差額の210ルピーを受け取った
従業員は「もうすぐボスがやってくるが、ボスにはこのことを言わないでくれよ」
どうやらボスには弱いらしい。一応「OK」と了承した

荷物を持ってドミトリーに移動
ドミトリーは僕を含めて6人になっていた。全員日本人で男
そのうち、大学生が3人
しかも、そのうち2人が海外初めてで選んだのがインド
おいおい、大丈夫か?

パヤールホテルのドミトリールーム

やっぱり空港からホテルへ来る間に騙されたらしい

そのうちの一人K君は昨日インド入りしたそうで、デリー空港からタクシーを使ってしまった
例のごとくインチキ旅行代理店に連れて行かれ、ちょっとパスポートを見せてくれと言われ、旅行代理店の人に渡してしまった
だんだん怪しいツアーを組まされそうだと気付き、ツアーはいらないからパスポートを返せ。と言ったが「ツアーを契約しない限り返さない」

ツアーは契約しないと言うと、「50USドル払ったらパスポートを返してやる」
K君はしぶしぶ50ドル払ってパスポートを返してもらって開放されたんだって

えぇー これって絶対おかしいよねー
でも、その旅行代理店がどこにあるか、連絡先も、証拠もない
K君は、いい勉強になったと言って、あっけらかんとしているが、僕は許せなかった

しかし、実はK君の騙され方は、まだまだ幸せな方だったのだ
まだまだもっとすごい騙され方をした旅人が続々と現れるのだった


2日目は、まだまだ続くよ


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インド旅行記4 インド人に騙されまくりの日本人たち

2日目のつづき


デリーのパヤールホテルに落ち着いた僕はこれからの予定を考える

ドミトリーには日本人6人
大学生のK君と同じく大学生のT君は僕と同じく日本からデリーに着いたところで、これから旅が始まるところ

もう一人の大学生、S君は初めての海外旅行が今回のインド。1週間前、デリーに着いたがやはり旅行代理店に連れて行かれ、高額のツアー(500USドル)を組まされ、アーグラー(タージマハルのある街)とバラナシ(ベナレス)にすでに行ってきたが、値段に合わない安っぽいホテルや下級クラスの列車。他の旅行者と会わせないようにしてるとしか思えない。少しずつせびられるお金...

これ以上このツアーにいられないと思い、昨日、ツアー途中のバラナシからデリーへ列車で逃げてきたとのこと
とりあえず、ここパヤルホテルに辿り着いたが、現金はほとんどない状態
いち早く日本に帰りたいと半泣き状態なのだが、帰りの航空券は2週間後。どうしたらよいか悩んでいるところだった

恐ろしや、インド
でも、インド歴が半日の僕にはどうしようもなかった


2階のロビーに行くと、今朝、デリー空港からのバスでコンノートプレースで一緒に降りた日本人がホテルにチェックインしようとしているではないか
朝は会話ができなかったが、お互い顔は覚えていた

彼「無事でよかったですね。いつここに来たんですか?」
僕「2時間以上前。リクシャーに乗ってから1時間後くらい」
彼「僕なんかいままで3時間くらい連れ回されましたよ。遠いところにある旅行代理店に連れて行かれて、ツアーを組まされそうになったけど、ツアーは絶対いらないって断ると、運転手がデリーに戻りたければ、30USドル払えと。
そのとき、今どこにいるか分からなくて、どうしようもなく払っちゃいましたよ」

あのとき、何がなんでも一緒にリクシャーに乗ればなんとかなったかもしれないのに。申し訳なかった

初めてのインドで、デリー空港から宿まで9割以上の旅行者が旅行代理店に連れて行かれるという噂は、まんざら嘘ではなさそう
僕が今まで生きてきた範囲の常識では考えられない
インドって、なんて国なんだ!?

パハールガンジー野菜市場前広場



ドミトリーの大学生K君は今夜ニューデリー駅発のバラナシ行きの列車のチケットをすでに持っている
僕もバラナシへ明日の夜出発しようと決心

K君がニューデリー駅の外国人用のチケットカウンター切符を買ったとのことで、連れて行ってもらった

地球の歩き方に書いてあるとおり、チケットカウンターは駅舎2階にあるのだが、その手前には、「チケットカウンターは今日休みだ」「俺がチケットを買えるところにつれてってやる」と言うインド人がいっぱい

おろおろしていた僕とは違い、さすがインド歴2日のK君、無視してどんどん階段を昇っていく

そして、辿り着いたチケットカウンターは広々とした部屋で、しかも、冷房がガンガン効いている
ソファーもあって、用もなさそうな外人が何人かくつろいでいる
そして、なんといっても、駅の従業員以外、インド人がいない。天国のようだ。すばらしい!!

ローカウンター越しに従業員と向かい合わせに座って、さらに混んでいないので落ち着いて切符を購入できる。もちろんコンピュータ管理
従業員もとても親切で、どんな質問でも答えてくれる。ぼったくりもない
良いインド人もいるんだなぁ

明日夜出発、バラナシに次の日の朝到着の冷房付寝台列車のチケットを無事購入
冷房を惜しみながらニューデリー駅を出て、パハールガンジーに戻った

パヤールの近くには、外国人旅行者が集まるゴールデンカフェ Golden Cafe というお店がある。ここにK君と一緒に行くと、日本人やヨーロピアンがたくさん集まっていた
インド旅に関するいろんな情報を聞くことができた


パヤルのドミトリーに戻ると、日本人男性2人が明日、デリー市内の観光バスツアーを申し込んだとのこと
朝から夕方まで各施設入場料と昼食は含まれていないが、見所に全部つれていってくれて一人150ルピー(約375円)。インド一般人向けの市内観光バスツアーのため激安
僕も行きたいと言ったら、そのツアー会社に連れてってくれて、無事予約完了。明日はデリー市内観光に決定


今日はこの後、パハールガンジー周辺を散策
そして、最近できたという、地下鉄にも乗車
これが、地下の駅に入るのに、空港並の警備と荷物検査
料金は普通のインド人にとって、かなり高いらしく(いくらか忘れた)、電車の中はガラガラ

いろいろやっているうちに、夜。
K君がバラナシへ出発の時間に

僕はK君をニューデリー駅まで見送りに行った
ニューデリー駅はホームが30番線以上ある、むちゃくちゃでかい駅
出発30分前というかなり早い時間に駅に着いのにもかかわらず、どの列車に乗ったらよいかわからず、駅員に聞いても、何度も違う列車を案内され、行ったり来たり

寝台車の入り口には名簿が貼ってあり、出発時間ぎりぎりでなんとかK君の名前を見つけた
K君はバラナシで久美子ハウス(詳細は後日の記事で)に泊まるとのこと。僕はバラナシの宿は決めてないと伝えると、またバラナシのどこかで再会を約束し、お別れ
列車はバラナシに向けてゆっくりと動き出し、走り去っていった

夜はやっぱりドミトリーの仲間とインド話
ツアーから逃げてきたS君はまだインドが嫌いな様子
みんなで慰める夜でもあった


パハールガンジーの夜

次は、3日目。デリー市内観光


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インド旅行記5 デリー市内観光バスツアーに参加

3日目 デリーとニューデリー観光


今日は朝から夕方まで、観光バスでデリー市内の観光ツアーに出かけます
一緒に行くのは、パヤールホテルのドミトリーで一緒の部屋の日本人2人

僕は今日の夜の列車でニューデリー駅からバラナシに向けて出発するので、パヤールホテルを一旦チェックアウトし、荷物をフロントに預ける

パハールガンジーから北に歩き、大通りが集合場所
予定より30分ほど遅れて、バスは出発
40人乗りのバスは、ほぼ満席。外人は僕たち日本人3人とスイス人女性1人の4人。残り全員インド人と思われる
インド人の男性ガイドがバス通路の一番前に立って、今日の予定や観光スポットの説明をする
それが、客のほとんどがインド人にもかかわらず、意外にも英語のみ

このバスの客は、インドの各地からデリーに観光に来た人たち
インドには18もの言語があるらしい。北インドでメジャーなヒンディー語を話してもインド各地から来た乗客全員には通じない
そうすると、英語が一番理解してもらえる
そう、インドでは英語が共通語なのだ

たしかに、インド人は英語がむちゃくちゃ通じる
ただ、独特の発音にはなかなか慣れなかった

ツアーバス 結構まとも?

最初の目的地はヒンドゥー教のお寺、ラクシュミー・ナーラーヤン寺院 Lakshmi Narayan Temple

ラクシュミー・ナーラーヤン寺院
続いて、首都ニューデリーの中心部へ移動
インド門へ

インド門

インド門から見た大統領官邸

公園の中にお猿さん発見


インド門の周辺は政府機関の建物がいっぱい
それに、緑がいっぱい。とってもきれい
公園の中にいるお猿さんもかわいい

このあと、昼食へ
駐車場が広くてツアーバスがいっぱい止まってる。日本でもよくある、いわゆる団体さん取り扱い可能なレストラン

日本のこういったレストランとの違いは...
そう、カレーしかありません

ここで僕はインドに来て初めてカレーを食べました
ターリーと呼ばれるセットメニューで、3種類くらいのカレー、野菜、漬物、チャパティーと呼ばれるパン、それにラッシー(ヨーグルトドリンク)
これで50ルピー(約150円) 安い

しかも、お店の人がカレーの入った鍋を持って、客席をぐるぐる回っていて、どんどんおかわりを入れてくれる

ここで問題発生
スプーンがないのだ。素手で食べなければならないのだ
しかも右手だけ

インド旅の先輩に教えてもらいながら食べるものの、どうしてもチャパティを右手の指だけでちぎることができない

一緒の席に向かい合わせに座った、同じツアーのインド人夫婦は、器用に右手だけで食べていく
こうして、こうして、こうするんだよ、って教えてくれるんだけど、できません
左手使っちゃいました

手でカレーを食べるなんて、初めてで、貴重な体験ができたと喜んでいたのもつかの間
これからの、このインド旅はカレー三昧なのであった

続いてバスに乗り、次の目的地、インディラ・ガンジー記念博物館へ

インディラ・ガンジー記念博物館

そして、クトゥブ・ミナールへ

クトゥブミナールの駐車場に止まった後、観光ツアーにはつきもの、ここインドでも例にもれず、やっぱりありました
おみやげ物屋さんに連れて行かれました

あまり、欲しいなというものもなく、お店の人もそれほどしつこくないので、さっさと退散
クトゥビナールの入場料は別払いでなんと250ルピー。高い

クトゥブ・ミナールの入り口と奥にタワー
日本人3人は疲れていたのもあって、入場せずバスに戻って、しばし仮眠

しばらくたってみんなが戻ってきたところでバスは発車
最後の目的地、バハイー教(イスラム系の宗教)の聖地 バハーイー寺院へ

バハイー寺院
蓮の形をした不思議な建物

バハイー寺院の入り口


建物の中はこんな感じ

バハイー寺院の中

最後の観光が終わり、バスはデリー市内へ向けて出発

やっぱり観光ツアーはいいね
見どころをこんな短時間で周ってしまう
かなり充実したバスツアーでした

次は、3日目のつづき。バラナシに向けて出発


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インド旅行記6 ニューデリー駅からバラナシへ出発

3日目のつづき


デリー市内日帰り観光バスツアーからパヤールホテルに帰ってきて、とりあえず、ドミトリー部屋へ

部屋にはT君とS君がいた。T君の説得により、なんとS君は改めてT君と一緒にインド旅行に再出発することにしたそうだ。お金も実家からいくらか送ってもらえることになったとのこと
昨日はあまり元気のなかったS君。今はかなり元気になっている
よかった よかった

パヤールホテルのシングルに泊まってて、ドミトリーに遊びに来てる日本人の男性1人、女性1人がいた

その二人の情報によると、パハールガンジーをさらにここから1ブロック奥に行ったところに、おいしいレストラン(地球の歩き方の地図から名前は Metropolis Restaurant だと思う)があるらしい

情報をくれた2人、S君、T君、観光バスツアーに行った僕たち3人の合計7人で、レストランに行くことに決定

本当にホテルからすぐ近くだった
そのレストランは4階建てで、どのフロアーでも食事ができるのだが、屋上に案内された

屋上は、外人客ばかりだった
たぶん、他の一般インド人とは隔離するためだと思う

料理は外人向けにカレー以外のメニューもいっぱい

今夜の主役は、S君
インドに一度挫折したS君が(詳しくは前の記事を見てね)、インド旅の再出発を決断した記念すべき日
みんなでS君を励ます会となったのであった

T君とS君は明日の夜発のバラナシ行きの列車のチケットを買ったそうだ
そして、久美子ハウスに泊まるとのこと。僕とそこで再会しようと誘われた

うぅーん、インターネットとかで久美子ハウスの情報を見ても賛否両論。あまり乗り気じゃなかった
でも彼らに強く押され、昨日出発したK君もいるはずだし、ま、気に入らなければ別のゲストハウスに移動すればいいし、ってことで僕も決断

明日は、バラナシの久美子ハウスに泊まるぞ



やっぱり趣味の合う、旅行好きの仲間と食事はとっても楽しい

特にインド話は、日本の常識では考えられないことばかりで、とんでもなくおもしろい

そして、僕の出発時間はどんどん迫っていくのであった



夜9時、列車出発1時間前
とうとうお別れの時間が来た
レストランでの食事はまだまだ続くし、もっとここに居たかったのだが、リーマンパッカーは時間がない
みんなとお別れ。S君とT君には再会を約束して
さようなら
ホントに楽しかったよ、みんなどうもありがとう


レストランを出て、パヤールホテルへ
荷物を受け取り、ホテル従業員に別れを告げ、ニューデリー駅へ

駅に着いたのは午後9時30分
まだ時間があるのだが、やっぱりどのホームの列車がバラナシ行きなのか分からない

昨日と同じように、いろんな駅員に聞いても、バラバラの回答
やっと目的の車両に着いたのは出発15分前
もうちょっと、乗場案内をなんとかできないのだろうか

ニューデリー駅発の夜行列車

2等エアコン寝台列車は、警備がしっかりしてて、車両入り口で厳しいチェックがあった
これくらい厳しいほうが安心かな

午後10時過ぎ、ほぼ定刻で列車は、ゆっくりゆっくりとすこしずつスピードを上げながら、ニューデリー駅を離れていった

列車はまだ上段ベッド部分がが倒されてなく、椅子の状態になっている
僕の席は4人向かい合わせのボックス席で、向こう側にインド人2人、こちら側に僕とイスラエル人旅行者の青年

イスラエル人の彼もインド旅行が初めてで、バラナシに行くそうだ
バラナシは途中駅で、ちゃんと降りられるか心配だったが、彼も一緒に降りるのとのことで心強い

そして、反対側に座っているインド人の2人は、イスラム教徒だった
イスラエル人とムスリムが普通に会話しているのを見て、 なんか不思議な感じがした

しばらく経つと、車掌がベッドメーキングを始めた
上段のベッドを倒し、いままで座っていたところは下段のベッドになって、白いシーツを敷いていく

実は、この車両、エアコンが効きすぎて結構寒い
僕は上段のベッドなので、昇ってみるとシーツ以外に上ふとんに相当するものはない
厚着して、荷物を枕にして就寝

2等エアコン寝台列車の車内
明日は、いよいよバラナシ到着


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インド旅行記7 バラナシ到着 伝説の久美子ハウスへ

4日目 バラナシ


昨晩ニューデリー駅を出発した夜行列車はバラナシに向けて順調?に走行
やっぱり、途中駅であるバラナシで降りられないのが少し不安だ
朝9時到着予定だが、6時くらいには目が覚めた
もう、列車の外は明るくなっている

インドの車窓から

車内をうろうろしたり、ベッドに戻って本を読んだりして時間をつぶした

ここで、気がついた。トイレがボットン便所だった

なぜ、分かったかと言うと、トイレの便器の穴から線路の間の地面が見えている
インドの線路はすごいことになっていることを発見してしまった


しばらくして、車掌がベッドを片付けに来た
途中で同じボックスシートだったインド人2人は降りて、この席はニューデリー駅から一緒のイスラエル人の彼と僕だけ

バラナシ駅からどうするか2人で話し合った
バラナシ駅からガンジス川沿いの街の中心は約3キロほど離れているので、リクシャーを2人でシェアすることにした

バラナシ駅に到着 結局午前11時 2時間遅れ
まぁ、インドではこれくらいの遅れは普通らしい

バラナシ駅
駅前で、ガンジス川まで行くリクシャーをイスラエル人の彼と2人で探す
オートリクシャーがいっぱい止まっているところに行くと運転手たちは300ルピーと言う
どんなにがんばっても200ルピーまでしか下がらない

するとイスラエル人の彼が、あっちはどう?という
サイクルリクシャーだ
自転車の後ろに椅子をつけ改造し、3輪車にして人力でこぐ

サイクルリクシャー

大の男2人はちょっとつらいんじゃないかと思っていたら、最初に声をかけた運転手は100ルピーだったが、イスラエル人の彼が次々と他の運転手に声をかけ値切っていき、結局、2人乗せて30ルピー(約75円)。1人あたり15ルピーで交渉成立。安すぎ

運転手は若いインド人青年。2人乗せても大丈夫そうだった。


さっそく、サイクルリクシャー、スタート


やっぱり、オートリクシャーに比べるとかなり遅いが、サイクルリクシャーは大都会のデリーとは違った地方都市のバラナシ、めまぐるしく変わる今まで見たことのない風景やインド人の普段の生活が垣間見ることができる

ゆっくりと走っていくサイクルリクシャーを選んだのは正解だった

そして、サイクルリクシャーはもうひとつ利点がある
オートリクシャーはガンジス川からかなり手前のゴートリーヤーの交差点までしか行けないので、そこで降りてからかなりの距離を歩かなければならない

サイクルリクシャはゴートリーヤーの交差点からさらに進むことができ、ガンジス川すぐ手前まで乗せていってもらえる

サイクルリクシャーは20分ほどでバラナシのガンジス河近くののメインガート(ダシャーシュワメード・ガート)前の広場に到着

イスラエル人の彼は別の宿に泊まるということでここでお別れ


僕は久美子ハウスを目指す
ここから久美子ハウスまでの路地は歩行者と歩行牛のみが通れるくらいの道幅
サイクルリクシャーさえ入ってこれないくらいの細い路地

その両側には、おみやげ物屋、レストラン、雑貨店、スパイス屋、服屋、シタール(インドの楽器)屋など、いろんなお店がぎっしり

地元のインド人と、巡礼のインド人、外国人旅行者、放浪するノラ牛がいっぱい
すごい活気だ
僕はこの路地がすぐに好きになった

こんなところは世界中ほかにはないのではないかと思うくらい楽しい

狭い路地を放浪する牛

呼んだ?


きょろきょろしながら歩くこと約10分
ガンガー(ガンジス河)のパンデーガートのすぐ前に久美子ハウスはあった

久美子ハウス入り口

久美子ハウスに入ると、なぞのインド人男性が座っている
シャンティーさんだ。シャンティーさんは久美子さんのだんなさん
奥の部屋に久美子さんもいた

シャンティーさんは日本語が上手で、僕がドミトリーに泊まりたいというと、さっそくこのゲストハウスのルールの説明が始まった

まず宿泊料はドミトリーで一泊90ルピー(1ベッド40ルピー+朝晩の食事25ルピーX2回=90ルピー)

いろいろ説明があったうち、特に気になったのが、今の季節のガンガーは水の量が多く、水位が高い
絶対にガンジス河に潜ってはいけない、もし潜るとと水中に隠れている建物内の天井部分に入ってしまい、水面に上がってこれなくなってしまう

たしかに川の水はにごっていて、水中は何も見えない
分かった。これはだけは絶対に守ろう

こんなのが水面下に隠れてたりする



あと、夜は危ないので7時までに必ず帰ってくるようにとのこと
危ないってどう危ないんだ?

ひととおりの説明が終わって、最上階のドミトリーへ
すると、いました。デリーのパヤールホテルで一緒だった大学生のK君、久しぶりー
といっても、おとといの夜、別れただけなんだけど
いろいろあって、毎日が充実していて、すごく長い間、会ってなかった気がする

久美子ハウスは5本の指に入るほど、世界的に有名な日本人宿
大学生の夏休みシーズンも重なって、ほかにも大学生でいっぱい
あとは長期旅行者も半分くらい、全部で20人くらい泊まっていたかな
サラリーマンは僕だけ。やっぱり普通のリーマンパッカーは久美子ハウスには泊まらないか

大学生くらいの年齢の人が多くてどうかなぁーと少し心配してたけど
すぐみんなと仲良くなっちゃいました
やっぱり、旅行者どうし、しかもインドに来るような、変わった日本人は変わった日本人同士、気が合うのかも

久美子ハウスの屋上から見たガンガー

そのほか、久美子ハウスについて

宿泊料は最終チェックアウト日に全額支払い。しかも何日間泊まったか自己申告。すごく適当

1階の冷蔵庫の中にビンのジュースやコーラがいっぱい入っている
これらは1本10ルピー。その場で久美子さんかシャンティーさんに支払う

夜はシャンティーさんの知り合いの占い師がたまに営業に来る
僕は占ってもらわなかったけど、かなり当たるとか。1回100ルピーくらい?
旅行代理店の人も出入りしてて、バスや列車のチケットを購入できる

ドミトリーのベッドは一応10個くらい置いてあるが、早いもの勝ち、っていうか、汚すぎてだれも寝てない
ドミトリーのベッドのないところの広い床か、屋上のタイル張りの上で寝たほうが気持ちいい

朝7時すぎと夕方6時すぎに食事タイムが始まる
インド人女性のお手伝いさんが作ってくれた料理をみんなで4階のドミトリーの広間まで運んで、大鍋に入っている料理やごはんを、それぞれ自分でお皿に乗せて食べる
なんか、大学生の時の合宿の雰囲気でなつかしい感じがする

シャワーは水シャワー。でも暑いインドでは問題なし
トイレは意外にきれい。たぶん、浄化せずそのままガンガーに流しているのではないか?

洗濯もOK。ただし、このあたり、野生の猿がいっぱい
屋上に干すときは、サルにとられないよう、対策が必要

サル防御ネット

あと、デリーではなかったが、ここバラナシでは毎日、昼と夜に2時間から4時間くらいづつ、計画停電がある

停電の時間は扇風機も動かず、特に昼の停電はむちゃ暑い
夜は少し涼しい屋上へ
ガンガー沿いに真っ暗な停電地区が少しずつ移動しているのがよく分かる

ガンガーから見た久美子ハウス



今日はK君や他の宿泊者何人かと、食事に行ったり、近所をぶらぶらしたり、お昼寝したり、ガンガーの観光ボート(詳しくはこちらをクリック)に乗ったりしてすごしました

とにかく、にぎやかな久美子ハウス。バラナシ滞在が楽しくなりそう



今日はこれでおしまい。
明日はインド旅行の5日目。バラナシの2日目。ガンジス河の観光ボートに乗って火葬場へ

明日もまたまたインド人とのトラブル発生!?


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インド旅行記8 ガンジス河で沐浴 ボートで火葬場へ

5日目 聖なるガンガー なんでもありのガンガー


昨日、バラナシの久美子ハウスに無事に到着
今日は、バラナシをのんびりと満喫

バラナシのガンジス河には、観光用のボートがいっぱい
川に近づくと、ボートのおじさんやお兄さんたちが、乗れ乗れと誘ってくる

メインガート(ダシャーシュワメードガート)付近は値段も高く、ボッタクリも多いが、メインガートから500メートルくらい離れた、ここ久美子ハウスの前のパンディーガート付近だと、比較的安く、良心的なボートが多い

手漕ぎ(もちろん、インド人が漕いでくれる)ボートで、1艘1時間120~200ルピー(約300~500円)くらい。何人乗っても同じ値段。でも6人くらいまでしか乗れない

客待ちしてるボート

早速、久美子ハウスで4人ほど誘って、バラナシのボートトリップ出発
シェアすると1人あたり30ルピー(約75円)くらい
ボートは前と後ろにインド人がいて、ほとんど後ろの人が漕いでいる
ガンガーは流れが穏やかで、漕ぐのはそれほど、大変ではなさそう

ボートを漕いでくれた男性


ボートまず、川の流れに逆らい、川上へ。

バラナシで有名なもののひとつが、火葬場
ヒンドゥー教徒にとって、バラナシのガンガーで火葬されることは、最高なこと。来世では、より上位のカーストに生まれ変わることができる
そのため、インド中から遺体が押し寄せ、1年中、24時間、火葬の火が消えることはない

バラナシには2つの火葬場があって、ひとつはマニカルニカーガート
大規模な火葬場で、常に4ヶ所ほど同時に火葬している
ここは、メインガートからも近く、観光客が多い。またその観光客を騙そうとするインド人も多い

もうひとつは、久美子ハウスのあるパンデーガートから上流にある、ハリシュチャンドラガート。こちらは小規模で、メインガートからも遠く、観光客は少ない。ボートはまずこちらの火葬場へ

川岸に薪を組み、その上に金色や銀色の布を被せた遺体を乗せる。
ガンガーの水を遺体に蒔いたり、お祈りをしたりして、ヒンズー教の儀式を行った後、薪に火をつけ、誰もが見えるところで火葬する
いわゆる野焼きだ
もちろん、こういったところは、今まで見たこともなく、人生の終わりというのを改めて考えさせられ、神妙な気持ち

なお、火葬場は神聖な場所なので、写真を撮ってはいけません
なので、写真もありません

ここでボートは折り返し、流れに任せ川下へ
バラナシの独特な街並みが見えてきます



ガンガーから見たバラナシの街並み


沐浴に集まる人々

水牛も沐浴??

ボートはゆるやかな川の流れに乗って、もうひとつの火葬場、 マニカル二カーガートへ

煙が上がってる辺りが火葬場

このガートは、周りの街並みと違って、焼けたススでこの付近だけ真っ黒
遺体の親族が火葬を見守る中、観光客がボートの上からその風景を眺めているのは、なんとなく申し訳ない感じがした

ここでもう一度折り返し、最初に出発したパンデーガートに向けて再出発

別のボートが近づいてきて、なんだろうと思ってよく見たらみやげ物を売ってました

おみやげ物屋のボート



ボートに乗っていると川面は風が通りやすいのか、結構涼しく、心地良い
実は、バラナシにいる間、ほぼ毎日ボートに乗ってました

ボートはパンデーガートに到着
1時間のボートの旅は大変満足でした



久美子ハウスのドミトリー部屋に戻ると、デリーのパヤールホテルのドミトリーに一緒に泊まってた、S君とT君が到着してました

二人とも夜行列車にもかかわらず、とっても元気
特にS君は、インド人にだまされデリーでの落ち込んでいた姿は、もう全くなく、インド旅行再出発に意気込んでいる



今日は、このあと、街をぶらぶらしたり、近くにあるモナリザレストランに行ったり、特別何もしない贅沢を味わいました



そして、ガンジス河といえば、やっぱり沐浴
インドの人は男性も女性も神聖なスタイルで、沐浴をしているのだが、
よく見ると、地元民らしき人たちは、この川で洗濯や、食器洗い、体洗い、歯磨き、子どもたちは水遊び、そして何よりも便もここでしているようだった

下水も浄化せずにそのまま流れてきているようだし、
火葬場からは火葬した灰を流すし、さらに、妊婦と子どもと蛇にかまれて死んだ人は火葬せずに遺体に石を括りつけて川に沈めるんだとか

なんでもありのガンガー

この川の水は衛生状態最悪、大腸菌がいっぱい
どうりでなんともいえない茶色っぽい色で水がにごっている
異教徒から見ると、とても神聖な川とは思えない。ただのドブ川...すみません
せめてもの救いは、臭いがほとんどない


でも、せっかくガンガーに来たんだから沐浴をせねば
宿のみんなでパンディーガート前の川に近づくと、川の中で遊んでいる子どもたちが、早くこっちへ来いと手招きをする

よし、思い切って川に入るぞー
足の指の先から恐る恐る水の中に入っていくと、意外に冷たい
目と口には絶対に川の水が入らないようにする

肩まで入ってみる。これは暑さを逃れられて、気持ちいい
子供たちが一緒に遊ぼうと、誘ってくる
神聖な気持ちというよりは、暑さを逃れるための川遊び気分

とうとう、沐浴しました。しかもそれから毎日
昼の停電時間の暑さ対策に沐浴は最高でした

沐浴する日本人とインド人



久美子ハウスに戻ると、今日、コルカタ(カルカッタ)から夜行列車で到着し、チェックインしたばかりのM君がいた
列車の中で、大変なことが起こったというので、聞いてみると、、、

バラナシまでの途中の駅で列車が止まったときに、ちょっとだけ列車外へ
バックパックは寝台の柱にチェーンでくくりつけておいた

すると、列車内でインド人たちが騒がしい
小さなバッグを持って、列車から走り去っていくインド人

まさかと思って、自分のバックパックを見に行くと、バックパックの一部をナイフでカットされ、 その中に入れておいた貴重品が入っている小さなバッグが抜き取られていた

入っていたのは、お金、航空券、カメラなど
そのままその駅で降りて、警察に行ったが、たぶん戻らないだろう
お金は分散して持ってたから、まだある程度残ってたけど、航空券はEチケットじゃなかったので、 再発行するはめに
M君が何より残念がってたのは、カメラに入っていた大切な写真
今までのタイやカンボジア、そしてインドのコルカタまでの旅の思い出がいっぱい詰まっていた写真がなくなってしまった

久美子さんからもアドバイスをもらい、元気を取り戻したM君
すごく前向きな彼は、みんなを心配させてはいけないといつも笑顔
とってもさわやかな好青年でした

インドの列車に乗るとき、特に駅に停車しているときは、荷物から目を離さないようにしましょう



今日はこれでおしまい
次は6日目。まだまだバラナシ


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インド旅行記9 バラナシで沈没

6日目 寝台列車チケット購入 インド民族音楽コンサート


今日はバラナシ3日目。インド旅行は6日目
インド旅行全体の10日間の半分が過ぎた
そろそろ、今後の予定を考えないと

日本へ帰る飛行機は、10日目の朝4時、デリー空港発
ここ、バラナシがあまりにも居心地がよいんで、できるだけ長くバラナシに滞在したい。でも、タージマハルも見たい

それで、決めました。あさって(8日目)の夕方発の列車でバラナシを出発し、9日目の朝、アーグラー(タージマハルのある街)に到着
朝からタージマハルを観光し、午後にはデリー行きの列車に乗って、デリーで宿泊
10日目の早朝にデリー空港へ

8日目からかなりハードなスケジュール
でも、今日を含めてあと3日間、ここバラナシに滞在できるのでうれしい

で、今日はバラナシからアーグラーまでの夜行列車の切符を買いに、バラナシ駅へ行くことにしました

なんか、1日1イベントの沈没バックパッカーみたいになってしまった

ダシャーシュワメナードガートまで歩いていき、そこでサイクルリクシャを30ルピーで交渉成立。
バラナシ駅へ出発!

今日の運転手(リクシャーワーラー)
 
今回はサイクルリクシャーに1人で乗る。おとといここへ来た時とはまた違ったバラナシの風景が見えてきた

人々の熱気

駄菓子屋さん

(空に飛ばして遊ぶ)タコ屋さん?

子どもたちが走って追いかけてきた

ほんとにインド人の子どもたちって、人懐っこくって、目がキラキラしてて、笑顔で、いい子ばっかり
上の写真の左の男の子は、Karate、Karate (空手のこと)って叫んでた


あと、インド人は大人も子どもも写真に撮られるのが大好き
写真をとって、それを現像してくれと言うわけでもなく、デジカメの液晶の画像を見たいというわけでもなく、ただ撮られたいだけ
とっても不思議

バラナシのオートリクシャ

バラナシ駅に到着

俺の写真を撮れと言うのでバチリ


バラナシ駅にもちゃんと外国人専用のチケットオフィスがありました
ニューデリー駅のチケットオフィスに比べるとずっと小さいが、外の混雑とは無縁で、すぐに希望のチケットが買えました

駅の待合室にもなぜか牛

もう、だいぶリクシャーの交渉も慣れてきたんで、帰りのサイクルリクシャーの交渉もすんなり30ルピーでGET

帰りは少しおしゃれでイケメンの彼が運転

イケメンリクシャーワーラー

なんでもありの交差点

裏の路地を通って近道

あっ、子どもたち発見



また、追いかけてきたー

追いついたー

バイバイ 気をつけて帰るんだぞー

メインガートに近づいてきました

すごい人の数



サイクルリクシャーもいっぱい


サリー屋さん

サリーとは、インド人女性が着る民族衣装
ほとんどのインド人女性はこれを着ている


またサリー屋さん

あんなマネキンのようなハデハデのサリーを実際に着ている女性は街中にはいなかった

あっ、サドゥー発見

いました。サドゥー
サドゥーとは、ヒンドゥー教修行者
でもこの写真のサドゥーはたぶん観光用サドゥー



メインガートに到着
今日は、無事、アーグラーまでの夜行列車のチケットも買えたし、写真もいっぱい撮れたんで、満足 満足



久美子ハウスに戻ると、今晩、インドの民族音楽のコンサートがあるとのこと
みんなで行くとのことで、僕も参加することに

夕食のあと、みんなで出発
計画停電中なので、真っ暗な中、懐中電灯を持ち寄り、コンサート会場へ

会場に到着したときには、客席はほぼ満席(といっても、床に座るだけ)
お客さんは、外人が多かった
チャイ(インドの紅茶)が付いてて、一人50ルピー

タブラ(左)とバーンスリー(右)

タブラはインド伝統の太鼓、バーンスリーはインド伝統の竹でできた横笛



タブラ(左)とシタール(右)

シタールはインドの弦楽器で、日本のテレビでインドを紹介するシーンとかの最初によくピロピロピロ~ン って音階を上から下に流れるように出している、あの独特の音色の楽器
分かったかな?  そう、あの有名な楽器です


約1時間半でコンサート終了
チャイを飲みながら、インド伝統音楽をまったりと聴く
幸せな時間を過ごせました

場所とか、いつやってるとか、よくわかりません
詳しくは、現地でさがしてね



次は7日目  まだまだバラナシ


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